はじめに
夫婦の一方が亡くなったとき,住居として使用していた建物(居住建物)が亡くなった方(被相続人)の名義であった場合,遺言がなければ遺産分割の対象となります。その遺産分割において居住建物を被相続人の配偶者が取得することになれば住み続けることに問題はありませんが,居住建物の評価額が高ければ,それ以外の遺産を取得できなくなる可能性があります。また,その評価額が法定相続分を超える場合は不動産を取得するために代償金を支払う必要が出てくるかもしれません。)
これに対し,他の相続人が取得することになった場合には,その相続人が居住を認めなければ(無償であれば使用貸借,有償であれば賃貸借となります。),配偶者が居住建物に住み続けることはできません。
そこで,民法の改正(1028条)により,「配偶者居住権」が創設され,令和2年4月1日以降に開始した相続について適用されることになりました。
従来は,遺言で,配偶者の居住を継続させながら,その所有権を子に相続させることはできませんでしたが,配偶者に配偶者居住権を子に建物の所有権を遺贈することで配偶者の居住権を確保することができるようになりました。
配偶者居住権の成立要件
「配偶者居住権」とは,居住建物の全部について無償で使用及び収益をする権利を意味します。したがって,居住するだけではなく,建物所有者の承諾が必要となりますが,第三者に賃貸して収益を上げることも可能です。
「配偶者居住権」が認められるための要件は以下のとおりです。
- 相続開始時において,配偶者が建物に居住していたこと。
- 相続開始時において,居住建物が被相続人の単独所有か,配偶者と二人の共有であること。
- 遺産分割によって配偶者居住権を取得するものとされるか,遺言または死因贈与によって配偶者所有権を遺贈するものとされること。
遺言において「相続させる」という文言がよく使われますが,配偶者居住権については「遺贈する」としなければなりません。「相続させる」は遺言者から相続人に対し直接権利移転の効果が生ずるものとされていますが,「遺贈」の場合は,相続人が承諾しなければ成立しないという違いがあり,配偶者居住権の取得を強制されないよう民法は後者であることを要件としているのです。
配偶者居住権は財産権である
配偶者居住権は,賃借権に類似した法定の債権で,債権者は配偶者,債務者は居住建物を取得する相続人となります。
存続期間は,原則として配偶者の終身の間ですが,遺産分割協議や調停,遺言において一定の期間を定めることも可能です。存続期間を定めた場合,その延長や更新はできませんので,延長をしたい場合は,別途,建物所有者との間で賃貸借契約等を締結する必要があります。
賃貸借に類似した権利ですから,所有者の承諾なく,改築・増築をすることはできませんし,第三者に転貸することもできません。なお,配偶者のみに認められる権利ですから,賃借権と異なり譲渡することはできません。
配偶者は,居住建物の「通常の必要費」を負担するものとされていますので,建物の保存に必要な修繕費のほか,居住建物やその敷地の固定資産税等を負担すべきと解されています。
配偶者居住権は居住建物の所有権の負担となる権利ですので,その設定の登記をしなければ第三者に対抗できないことになっています。登記をしないうちにその建物を取得した相続人が第三者に売却してしまうと配偶者居住権をその第三者に主張できないので,第三者から退去を求められることになるのです。もちろん,配偶者居住権を知りながら売却した相続人に対しては損害賠償請求をできるでしょうが。
登記は,配偶者と建物所有者が共同で申請しなければなりません。ただし,配偶者居住権を遺産分割調停または審判で取得した場合は,その調停調書や審判書によって配偶者が単独で申請することも可能です。登記手続は司法書士に依頼しましょう。
配偶者居住権の消滅
配偶者居住権は,以下の場合に消滅します。
- 配偶者の死亡
- 存続期間の満了
- 居住建物の全部滅失
- 居住建物の所有者による消滅請求
- 配偶者居住権の放棄
配偶者の死亡による場合は配偶者の相続人が,②の存続期間の満了の場合と⑤の放棄の場合は配偶者が,建物を原状に回復して返還する義務を負います。
居住建物の全部滅失の場合は,その滅失について配偶者に故意または過失があれば,損害賠償義務を負うことになります。
消滅請求ですが,配偶者が建物を損壊したり,所有者に無断で転貸したり,増改築したような場合,相当の期間を定めてその是正を催告し,その期間内に是正されないことを条件に配偶者居住権の消滅させる旨を通知することです。この通知にもかかわらず,その期間内に是正されないときは,配偶者居住権は消滅することになります。この場合も原状回復をした上で,建物を返還する必要があります。
配偶者が建物の共有者である場合は,建物全部についてその持分に応じた使用をすることができますので,建物の返還を求めることはできません。この場合は,持分を超える部分について賃料相当損害金(不当利得または損害賠償)を請求するほかありません。
配偶者居住権と遺産分割
遺産分割においては,対象となる遺産を評価して,その評価額を基に,原則として,各相続人の法定相続分に沿うように遺産を分けることが通常です。したがって,配偶者居住権を配偶者に取得させる場合には,この権利をいくらと評価するかが問題となります。この点については,別稿で説明します。
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